四万温泉の歴史
四万温泉発祥の歴史を知ると四万温泉がもっと好きになる!
歴史のはじまりのは平安の世
お話は、源頼光の家臣の四天王の1人として、「日向守碓氷貞光」が名を轟かせていた時代までさかのぼります。この貞光が、永延3年(989)頃に、読経をしながら越後から上野国に越えていました。夢うつつの夜半の頃、貞光の前に、このどこからともなく童子が現れ「汝が読経の誠心に感じて、四万の病悩を治す霊泉を授ける。我はこの山の神霊なり。」という声を聞きました。そして、目を覚ますと温泉が湧き出ていたのです。貞光はこの温泉を「御夢想の湯」と呼び、この地を神託にちなみ「四万の郷」と名付けたのでした。この湯は、飲めば胃腸によく、入れば肌にいいと言われ、今もこんこんと湧き続けています。
明治期から賑わう湯治場
四万温泉の名が知られるようになったのは、永禄6年、四万温泉の山口地区で、岩櫃城主であった斉藤越前守に仕えていた田村甚五郎氏が「湯宿」を開いたのが最初とされています。古文書「湯銭取り立て帳」によると、天和年間(1681〜1684)には、温泉宿経営が成立し、県内各地はむろん、江戸からも湯治客が訪れた記されています。そして、温泉組合が成立する、明治21年頃から街が賑やかになり、明治後半には街道も整備され、湯治場として栄えました。この街道の開通により、中之条より人力車や馬車が通るようになり、馬車会社も設立。四万温泉には、当時を思わせるようなノスタルジックな雰囲気が今なお残っています。
42ケ所から湧き出る源泉
群馬県の源泉実態調査において、県の源泉台帳に登録されている源泉は、全42カ所。湧出形態は、3ヶ所が堀さく源泉で、堀さく深度は100m〜300m。その他の39ヶ所は、自然湧出となっています。全体の湧出量は、毎分約3,500ℓ、PHは平均7.7(平成13年度)となっていて、泉質はナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉。湧出している温泉については、トリチウム試験の限界50年より昔のお湯が湧出しています。
歴史ロマン溢れる外湯巡り
四万温泉の四万のお湯は、きりきず・神経痛・疲労回復などに、特に良いとされています。泉質は「ナトリウム−カルシウム塩化物硫酸塩泉(低張性中性高温泉)」。また、四万温泉は飲むと胃腸病に良いとされ、四万温泉の街には公共の飲泉所や外湯もあります。
当宿は、四万温泉発祥の湯を堪能できる数少ない宿です。
当宿の温泉は4つの源泉をオリジナルブレンドした贅沢な湯です。1つ目の源泉は四万温泉発祥の湯「御夢想の湯」。古くから「四万の病を治す」と伝わるこの湯を堪能できる施設は、四万温泉の中でも限られています。2つ目は当宿の自家源泉「鹿覗きの湯」、3つ目は奥四万ダムの近くから引く「湯の泉」、そして4つ目が麻耶姫伝説が残る麻耶の滝の麓から引く「山鳥の湯」。四万温泉を代表する様々な源泉を合わせた効能は、身体の疲れを癒すとともにお肌をスベスベにしてくれる美肌効果も持ちます。当宿オリジナルの温泉をぜひご堪能ください。